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ちょっと悩んでます。

2018.09.28(17:43)

昨日、記事書いたんですけど・・

母ちゃんの車椅子が特殊な車椅子に変わった事の記事だったのですが、

僕の文章能力では、どんな風に表現したらいいか分からず

読み直してみたら、母ちゃんを小馬鹿にした様な表現になっていて

削除しましたが、読まれた方殆どいないと思うんですけど

申し訳ありませんでした。

以前のブログで認知症の母をずっと介護してた人が、看取るまで

記事にし続けた人のブログを、リンクさせて頂いていました。

その人の様に最後まで看取るまで記事にしたいのが、僕の目標

だったのですが、その人のブログの記事を見るのがとっても

辛かったのです。

今の母ちゃんは介助付きでも歩けなくなり、会話も殆ど覚束なくなり、

食事は完食してますが、いつかは食事すら出来なくなってしまって

何て事を考えるとどんなに辛いんだろうとか・・考えてしまいます。

それを記事にするという事は、読み返して更に辛くなるという事で

その人みたいに最後の看取るまで記事を書く力量が僕には、あるのか

自信がなくなって来ました。

只、僕と同じく認知症を持つ家族の方達の少しでも支えになれたら・・

とも思うのですよ。

ちょっとゆっくり考えたいと思います。

今後、母ちゃんの事を記事にするのかを。

今日も介護支援同意書を持って面会に行きましたが、

歌謡曲の歌番組見ていて、すっごいいい顔してました^^

こういう風に少しでも明るい方向性を見つけて記事にする

のはいい事ですよね。

今日、ついでに何枚か母ちゃんの写真を撮ってきたので

記事にするかどうか、考えさせて下さい。
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術後その後。

2018.09.21(14:00)

なんか臭かったのは僕でして・・

気づいたら、シーツが茶色・・

あれ・・何で気づかないんだろうと思いましたが、背中の管の痛み止めによって

腹部からお尻の感覚が全然ないんですよね。

点滴だけだったので、固形物は出ませんでしたが、

水便みたいな感じで、シーツ交換と体を綺麗綺麗にして貰ったw

もう、何というか恥ずかしさなんて、全くないんですよね(笑)

こっちは、がおってるから(弱ってるから)恥ずかしさなんて感じてる余裕がないんですよ。

もうすっかり快感になっちゃたりして(笑)

8/20朝。

先生の回診によって、背中の管を抜いた。

尿道カテーテルの管も抜いた。

尿道カテーテルの管を抜く時は痛いらしいよ・と集中治療室の看護師さんに

聞いていたので、思わず両手で顔を覆って(笑)抜いてもらったが、もさもさしただけで

全然、痛くなかった。

スッキリ~(笑)

体からメンドクサイ医療器具が外されていくのは、治っていく感じがして

気持ちがいいです(^▽^)/

後、この辺から自分の事は自分でやって下さい!それがリハビリになりますから。

との指示が出て、トイレは歩いて用を足して、この辺から食事もOKになったのかな?

それはそれは美味しかったですよ。

8・21朝。

先生の回診により点滴を抜く事に。

これで、完全自由。

お腹は痛いながらも、着々と退院準備。

その日の夜。

下痢をした。

それと共に下血がぽたぽたと・・

焦ったw

えーもしかして、腸の縫い目が良くなかったとか、

別の憩室からの出血か!とかいろいろ考えたが、その場のトイレに有るナースコール

で、看護師さんに「こんな感じですが・・大丈夫ですかね?」

と相談。

トイレットペーパーでお尻を拭く姿まで見られたが(笑)、ペーパーには大量の血が・・

「教えてくれて有難うございます!」と言ってくれた可愛い看護師さんは天使に思えた(笑)

この看護師さんには、いろいろお世話になってうん〇した時にも、嫌な顔せずキレイキレイ

にしてくれた人なので、仕事とはいえホントに有り難かったし、感謝してます。

看護師さんが先生に連絡。

現状維持。このままでいいとの判断。

多少の痔は持っているので(全然痛くないよ)そっちの方かと。

勢いよく下痢したせいですね。

次のうん〇は何の問題もありませんでした。

8/22夕方。

ちょっと退院した日がいつだったのか記憶が定かではありませんが、

熱が有ったら、退院は延期だったけど、全くもっての平熱。

下血もなし。

無事、退院となりました。

何か汚い話ばかりで、申し訳ありませんでしたが(笑)

傷は大分和らいだものの、もうちょっとですね。

車に乗って、シートベルトすると辛いとか、ジーパン履くと辛いとか

有りますが、じき良くなるでしょう。

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術後。

2018.09.01(17:58)

8/17日手術が終わり

僕はいつの間にか集中治療室にいて、ベットに横たわっていた。

あれ・・いつの間に・・って思っていたが、まりちゃんが傍にいて

「手術、無事終わったよ」  「え・もう終わったの?」

の返事でした。眠った4時間半の感覚ではなく一瞬でという感じで

全身麻酔って怖いイメージが有りましたが、、そこで払拭されました。

あ~終わったんだ・・という安堵感と、まりちゃんも次の日、仕事の為

そそくさと帰宅となった。

そこから長い時間が流れる。

腹部の麻酔止めの為の背中の注射と共に背中には管が通され、そこから

腹部の麻酔が術後、1日~2日常時点滴で打たれるのだが、

全身麻酔が抜けきってないせいか、、右足が上らなかった。

右足が上らなかったので、下手すると足が動かなくなると看護師さんから言われ

看護師さんが先生に連絡。

腹部の麻酔の点滴中止!の指示が出て、そこから地獄が始まった。

勿論、腹がメッチャ痛いし熱は急上昇で39度越え←体に痛みを与えた防御反応。

体が震え震え、術後2時間位は震えまくり。

看護師さんが、可愛くて献身的に看護してくれたので思わず惚れた(笑)

もうひとつ厄介だったのだが、術後にいつの間にか装着されていた尿道カテーテル。

これがこれから数日間、僕を苦しめる事になる。

痛痒しむず痒いし、尿が流れている実感が湧かないしホントに地獄だった。

地獄の様にゆっくりと時間が流れて、術後の日は辛さと苦しみで一睡も出来なかった。

8/18日の朝。

ボーとしたまま朝を迎えた。

なんだか集中治療室の病棟が工事をするみたいで、せわしなかった。

僕の体を綺麗綺麗にするため、看護師さんが朝から僕の体をほぼ丸裸のまま

綺麗にしてくれて、ついでにシーツを替えるという荒業。

凄い手慣れた看護師さんでしたよ。

その技術に(*_*;

ついでに手術間もないというのに、僕を歩かせるというリハビリ。

手術後、次の日から少しでも歩かないと腸が活発化しない、却って合併症などの

発症リスクが高まる可能性から、痛み止めを多く入れながらも

手を借りて何とか歩いた。

術後1日目にして歩けた事に、べた褒めしてくれた看護師さん。

ちょっと平野レミに似た看護師さんで、僕を濱田岳に似ていると絶賛してくれた(笑)

その日に集中治療室から一般病棟(外科)の2人部屋に移動。

それからやたらお尻からガスが出る様になり、看護師さんの手を借りトイレへ。

うん〇がでないまま力んでたら熱が39度まで上がった。。

大人しくベットに横たわっていると、2人部屋にいる人が危険なおじさんだと気づいた。

「わしゃのう。鉄で儲けたものよ。その道をいかせたら敵うもうはいないぞ!」

ほんとに癖のあるおじさんだった(^_^;)

自ら自分の点滴を抜こうとして看護師さんに気づき大騒ぎになった(笑)

「下手したら死んじゃいますから!」

と看護師さんに念を押され少しは大人しくなったが、おじさんは、おじいちゃんは、、

夜通し分らない事は看護師さんに大きな声で聞き倒しで

1~2時間くらいしか眠れなかった。

8/19朝。

ベットでおしっこの放尿とうん〇を漏らすという過去最低に置いて

過去最悪の所業をなす。

尿道カテーテルはむず痒い。痛い。苦しい。

全てに置いて3拍子揃ってる。

なんかおしっこが出そうなのに、管から袋に流れていかないので無理やりしたら

シーツにジョア~って出たw

下着とシーツを替えて貰って、シーツも替えて貰って眠りについた。

暫くして眠りから起きた。

丁度、看護師さんが来て、熱とか、血圧とか計ってた時かな・・

なんか臭い。

確信した。となりのじいさんがうん〇してると・・

あ~疲れた。

まだ、傷は痛みます(´;ω;`)ウッ…

次回また($・・)/~~~

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